働けない主婦のトライ日記

体が弱く働きたくても働けない主婦が、日々思った事や経験した事を綴っています。

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改めてプロフィール②

昨晩の三日月がすごく綺麗でした。満月もいいけど、三日月もいいですね。

けっちゃんです。

 

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 昨日は、小学生のころまでのけっちゃんを恥ずかしくも書かせて頂きました。

 

www.ketukochan.com

 

今日は中学生からのお話を書きたいと思います。

どうか一般主婦の生い立ちですので、関心のない方がほとんどだと思います。

スルーしてやってください。

少しでもお時間のある方は、目を通して頂けると嬉しいです。

 

プロフィール②

 

 

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中学生の頃

 

中学生の頃のけっちゃんは、部活と勉強、それのみと言う感じでした。

 

勉強は、母親に言われたからなのか、自分が真面目だったのか、とにかく真面目に勉強してました。

 

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中学になると、テスト前は徹夜が当たり前と母親に言われて、それを信じで最初のテストでは学校から帰ってきたらすぐ寝て、夜から朝まで寝ずに勉強しました。

でも、寝つきが悪い私は、昼間に寝る事ができず、体調を崩し熱を出してしまい、それでも休んだら0点にされると母親から聞いていたので、2日間休まず学校に行きました。

 

自分には徹夜は向いていない事がわかり、次のテストからは帰ったらひたすら勉強、夜はみんなが寝るころには寝るという姿勢で行ったら、成績が上がりました。

成績が上がると、勉強にうるさい母親は私に対する期待が大きくなりました。

テストの点数が少しでも悪いと母に叱咤され、とにかくテスト前は、気持ちがおかしくなるほど怖くて、いつも泣きながら勉強していました。

それでも、結果が悪いと母親は私を叱りました。

 

中学の頃の勉強は、ちゃんとやれば点数は取れるので、通知表は良かった方だと思います。

でも、本当に頭が良い人は、私みたいにあんなに時間を掛けなくても点数は取れるし、私はただただひたすら勉強しただけなんです。

実際、模試となると結果は悪かったし、頭が良かったよと言う自慢ではなく、必死でやった事をお伝えしたいだけなので、努力はそれなりには裏切らないと言う事だと思います。

 

それなりにと言うのは、努力すればそれなりに結果はでるけど、もっと上を目指そうとしても、その人、その人には限界があると思っています。

よく、成功した人が、努力すれば必ずと言うけれど、私は少し違うかなって思ってしまうところがあります。

 

部活はエースをねらえが流行っていて、友達と一緒にテニス部へ入部。

 

 

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中学2年生の時に顧問が変わり、それが鬼顧問との出会いでした。

今なら絶対と言っていいほどの体罰です。

頭は叩かれるし、ラケットのフレームで失敗した数だけお尻を叩かれる。

地獄のような練習でしたが、部活の仲間が良かった。

きっと、あの仲間だから3年間続けてこられたのだと思う。

 

鬼顧問になってからは、友達は全国5位となり、私はそこまで強くはなかったのですが、練習内容は同じなので、土日、祝日、もちろんお盆休みもなしで練習です。

お盆休みはいつもおばあちゃんの所に家族で泊まりに行っていたのですが、私一人練習があるから行けなくて、やっぱり家で泣いていたことを覚えています。

中学になっても、泣き虫は変わりません。

 

高校受験

 

私の夢は保育士でした。

不思議なもので、私の娘も私が強要した訳でもなく、保育士になりたいと言いだし、今保育士になっています。夢を実現した娘が羨ましいです。

 

高校を決める三者面談でのこと。

先生に保育士になりたいからと進学校を希望しようとすると、保育士の資格を取得しても就職先はないぞと言われ、保育士になれないなら大学に行く意味もない。

そうすれば、普通高校に行く意味もない。だったら働くと言う気持ちになり、商業高校を希望しました。

 

もちろん、母親は進学校⇒大学と希望していたので、大反対でしたが、初めて自分の意思を通すことができました。

でも、今思えば、大学に行って色々な事を学ぶ事も良かったかなと、自分の子供達を見ていると思う事がありますね。 

 

高校入学

 

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高校までは電車通学です。あえて遠い高校を希望しました。

電車通学にあこがれがあったからです。

毎日、名古屋駅を通っての通学、本当によく寄り道しました。

中学まで勉強と部活のみという生活でしたので、バイトをしてお小遣いを稼ぎ、部活帰りに友達と名古屋駅をぶらぶらが楽しくて仕方ありませんでした。

 

勉強はそれなりにしていました。

性格上、授業のノートはきっちり取らないと嫌なので、友達はみんな私頼みです。

いつもテスト間際になると、私のノートが友達の中で移動し、さて勉強しようと思う頃には戻ってきてないなんてことも。

 

モテキ到来

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高校に入ったら、彼氏が欲しいと思っていました。

小学1年生から今までずっと片思いだった彼には告白はできず、いつも通学の時も同じ電車だったのですが、遠くで姿を眺めるだけ。本当に勇気のないけっちゃんです。

 

そんな中、中学を卒業して高校に入学しての数か月でなんとモテキ到来です。

中学のテニス部の先輩から告白されました。

 

電車で私を見たと言う知らない男の子から電話があり、近くまで来ているので会った欲しいと言われました。行ってみると2人の男の子がいました。

 

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2人ともが同じように話してくるので

すみませんがどちらが私のことを・・・

と聞いてみると、2人ともですと言うのです。

友達2人が同時に告白。これにはびっくりしました。

お断りしましたが、どちらかなんて選べません。

 

それからも、電車を降りたら知らない高校生から告白、また友達を通しての告白。

 

これはなんだったのでしょう?人生の中で一番のモテキでした。(笑)

 

 

初彼氏

 

クラスの男の子(Bくん)に告白されました。

彼氏が欲しいと思っていたけっちゃんは、クラスメイトとして優しかったし付き合う事になりました。

高校1年の1学期の頃です。

 

失恋

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初めて彼氏ができ、毎日電話が掛かってきて、本当に楽しかったです。

でも、8ヶ月ぐらいが過ぎた頃から、だんだん電話が減り、遊びに行く回数が減ってきました。バイトで忙しいからと言う事で、疑う事をしませんでした。

高校2年になりクラスが変わり、一気に連絡がなくなりました。

あまりに煮え切らない態度に、振られる覚悟で私から電話をしました。

今でも覚えています。高校2年のゴールデンウィークです。

 

振られる事がわかっていたので、家から近い公衆電話から電話しました。

Bくんは「嫌いになった訳じゃないけど・・・」と言う煮え切らないお言葉。

昨日、たまたま見ていた「離婚弁護士Ⅱ」で別れた男を引きずるかみたいな内容がやっていて、別れる時は、スパッと言い切った方が未練が残らないらしいです。

 

なるほど、よくわかる。

嫌いになった訳じゃないけど・・・なんて、私はこの言葉にBくんが忘れられない人になってしまいました。

結局、泣いて泣いて、こんな状態じゃ家に帰れないなと思っていたら、弟が心配して迎えに来てくれました。本当に情けない姉です。

 

弟はそんな私を見て一言「おねぇ、バカだな~」ほんとその通りです。

 

重たい女

 

どうも私は重たい女だったようです。

振られてからも、忘れられなくて、ずっと彼の姿を追っていました。

せっかくの夢見ていた高校生活も、ずっと彼を引きずったままでした。

その時は、彼しか見えなくて、今思えば、そんなにどこが良かったのだろうと思います。

若かったんだろうという結論。青春ですね。

 

旦那さんとの出会い

 

ずっと、彼の事を引きずっていました。

そんな中、中学から高校2年まで、私の事を好きだと言ってくれていた男の子(Cくん)がいました。

ラブレターをくれたAくんの友達です。

Cくんは、いつも誕生日になるとプレゼントをくれる子でした。

断っても断っても、毎年何か買って持ってきてくれました。

話した事は誕生日のプレゼントをもらう時だけだから、その子がどういう性格の子か私は知りません。でも、本当に長い期間思いを伝えられて、その気持ちにどう応えていいか悩んでいました。

 

そんな時に、私のいとことその友達が遊びに来ていました。

いとこの友達が今の旦那さんです。

たまたま、いとこたちが来ている時に、またCくんから電話があり、気持ちに応えられないと断ったのですが、本当に心苦しくて電話を切ってから泣いていました。

それを母親がいとこたちに話したのです。

そしたら、いとこたちが気をつかってくれたのか、気晴らしに遊びに行くかと言う事になり、それがきっかけで、旦那さんと付き合うようになりました。

 

就職

 

勉強はそれなりに頑張っていたので、就職先は先生より好きな所を選んでいいと言われました。

トヨタ自動車に行きたいと先生に話すと、トヨタ自動車は3年間で欠席が10日以内が条件だから、無理だと言われました。残念・・・。

 

私はとにかく生理痛がひどく、よく学校を休んでいました。

 

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だったら、お給料、ボーナスのいい所で決めたのが証券会社でした。

1984年春、証券会社に入社。

 

まとめ

 

私が高校3年生までで学んだこと

・片思いは相手に気持ちを伝えなければ始まらない

・始まらないのは、終わったと同じ

・恋愛は、必ず別れか結婚のどちらかになる(若ければ若いほど、別れの可能性大)

・異性はたくさんいる、その人だけが自分のいい人ではない

・好きな人を忘れるには、新しい恋

・努力は裏切らないけど、限界がある

・親は子供に期待しすぎはダメ、褒める事が大事

・辛いことがあっても、同じ苦労をしている仲間がいると一緒に頑張れる

 

かなり長くなりました。

証券会社ではバブル絶頂期で美味しいおもいをさせて頂きました。

それも書こうかなと思いましたが、人の美味しいおもいなんて興味ないと思います。

 

今思えば、美味しい物も食べた時期もあったし、今は節約する時なのだと思って頑張ります!

 

こんなおばさんの青春時代のお話ですが、最後まで読んで頂きありがとうございます。

長く生きていれば、1度や2度はいい事があるのですね。(笑)

今日も元気に頑張っていきましょう!

 

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